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所感雑感

くだらないひと。

天皇陛下の生前退位の話

 かなり衝撃的なニュースが入ってきた。巷で騒がれている憲法改正などとは関係なく、昭和天皇崩御した時の自粛ムードを嫌っての事なのだろう。

 以前には「火葬にしてほしい」と言っていた今上天皇である。現在の時勢と明治以来の天皇観にあるズレを考えられて色々革新的な、といっても昔は火葬した天皇も生前退位した天皇も陵を作らなかった天皇もいたのだ、ことをしているのだろう。

 なんとなく全日本人とまでは言わないが、ある程度の人間の根底に流れている天皇観。「神聖ニシテ侵スへカラス」ではないが、なんとなく神聖な感じ。こういうのは江戸末期頃に浮かんできた思想なのだろう。平安時代も末になってくると平氏や源氏といった武士が勢力を伸ばしてくるようになる。そうなると天皇の権力はなくなってくる。しかし、天皇は倒されることはなかった。これは、恐らく征夷大将軍といった役職が天皇によって認められるものであったので、そういったものの保証をするために天皇を残したのだと思う。現在の象徴天皇制と似たようなものだろうか。総理大臣を任命するのは天皇だが政治には干渉しないという風な。

 では、なぜ天皇を神聖視し始めたのか。これは国学から来ているのだろう。昔の文献などを研究するある種のルネサンスのようなものが日本で起きた。古事記を研究すれば、日本が造化三神から始まり、神世七代の最後に伊邪那岐伊邪那美が生まれ、大八洲を産み、素盞鳴尊や天照大神という神が生まれ、そして神武天皇という神から産まれた初代天皇が出てくることが分かる。さらに、その神武天皇が即位したのが紀元前660年だというから一層「神聖ニシテ侵スへカラス」感が出てくる。そういった研究から天皇が神聖視され、天皇が国を統治するようになったのだと思う。はっきり言ってこういう歴史は明治帝以降と考えることも出来るため160余年程度の歴史しかない。天皇も現代に適応した姿になればいいと思うが、火葬の時もそうだったが、これまた宮内庁が難色を示しているようだ。

 ところで、私の天皇観だが、人より右寄りな思想を持っているため結構神聖視している。これは家庭環境の影響もあるよう思う。火葬の話を聞いた時は、「天皇陛下の意見を尊重すべきだ」と思ったが、多摩御陵を訪れると大正天皇昭和天皇と同じような形で参りたいという気持ちが湧く。今回も尊重すべきとは思うが、2011年の「玉音放送」や、慰霊の旅、火葬、生前退位という国民への配慮等、非常に優しいイメージのある天皇陛下であるためなるべく長く即位していて欲しいと思う気持ちがある。例の「ブルーギル」にも謝られているのだ。本当に優しい人だと思う。

 私は今上天皇が大好きだし、皇后陛下も好きだ。だからこそ、徳仁親王や雅子妃に違和感を覚える。まあ、そんなのはどうでもいいか。所詮、女性自身のような内容だ。