所感雑感

くだらないひと。

東京観光した話 その1

 東京の鉄道を完乗してからというもの、どこかに行く目的を失い、23区内をプラプラすることが多くなった。もちろん関東内にも乗っていない路線が3路線ほどあるのだが神奈川の山の中や、茨城の山の中、栃木の山の中となかなか行くにも計画が必要なところが多い。そうなると安く済む23区内を巡るのが楽だ。

 

 東京メトロの24時間券を購入し、築地駅で降りる。築地駅は目の前に築地本願寺のある駅だ。当然参ったが写真はない。SDカードを入れ忘れてきている。

 

 近くのコンビニでSDカードを買い、勝どき 橋の資料館へ。橋の模型や、橋を持ち上げていたモーターなどが展示されていた。

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           ?鬨勝

           ?電變

 と書かれている。この資料館は元々、勝鬨橋のモーターを動かす電気を変換していたところのようだ。ちなみに、ここに書かれている「橋」の「喬」の上の部分がどう見ても「大」に見える。しかし、そんな漢字は調べても出てこない。異体字なんてどんどん作られごまんとあるとは思うが、勝鬨橋建設当時のものだとしても76年前である。しかも、他の文字から察するに、そこまで崩した書体でもない。なんなのだろうか…

 

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 勝鬨橋を渡る。「勝鬨」というのは「勝ったぞ!!!!!」みたいな叫び声。勝鬨橋の前身は、最初にあった渡船だけでは月島への乗客を捌ききれなくなったため、日露戦争に勝ったことから「勝鬨」と名前を付けて運航を開始した「勝鬨の渡し」。

 関東大震災後、橋を作る運動が始まったという。特に理由について書かれていた記憶はないが、関東大震災ということから考えると火災時の避難のためなのだろう。

 実際に完成したのは1940年。ちょうど皇紀2600年の年である。この年、多くの記念行事が行われ、東京では万博とオリンピックを同時開催するという夢に溢れる計画が進められていた。この、東京万博のメーン会場となるはずだったのが勝鬨橋の渡す月島だった。「なるはず」と書かれているのはもちろん中止となったからだ。時期的に日中戦争が始まっている。ちなみにゼロ戦の「ゼロ」は皇紀26「00」年から来ている。

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 勝鬨橋のちょうど真ん中あたり、昔ならぱっくり別れる所だったあたりにこういったものがある。可動橋については全くもって知識がないので分からないが、恐らくこれは必要ないものである。そう、これこそ勝鬨橋を都電が走っていた遺構なのだ。これは架線柱ということになる。勝鬨橋は跳ね上がるタイプの可動橋のため、都電の架線を橋の上にそのまま張っていると、橋が跳ね上がる度に架線をブチブチ切ることになる。つまり、この橋の真ん中には架線が張られていなかったということだ。この写真の青空が覗いている部分だ。ここは恐らくデッドセクションとなっていたのだろう。昔に戻ることは出来ないので憶測でしかない。

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 勝鬨橋には6つの架線柱がある。この写真手前に写っているのはアーチ部分の鉄骨であって関係ない。その奥のレトロな建物の近くにあるのが1つめ、その奥に1つ、真ん中に2つ、その奥に1つ、最後に1つという左右対称な本数。レトロな建物の架線柱と次の架線柱までの間の架線は、橋が跳ね上がっている最中は伸びたらしい。橋の資料館の科学の友の挿絵にそのように描かれていた。恐らく、上がるのと同時に何か糸のようなものでこの柱間の架線を吊らしたのだろう。勝鬨橋の開いている状態の画像を検索して頂ければ分かると思うがかなり傾斜である。架線は金属であるため、そのように対処したのだろう。

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 工事をしていた。工事をして永遠に残って欲しいものである。

 

 この後、地図上では灰色になっている橋(築地大橋)に向かったが完成していないと知って勝鬨橋に戻り、勝どき門から築地市場へ。

 

 築地市場に入ったはいいものの、関係者しかおらず非常に心配になってくる。しかし、関係者も注意してこないためズンズン進んでいく。

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 このどう見てもホーム跡ですよみたいなコンクリートの土台!!!!そう、こここそが東京市場駅跡!!!!たぶん!!!!ここに鮮魚列車が来ていたと考えるだけで興奮する。

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 う~~~~~~~~~ん、髣髴とさせる~~~~~~~~。ただ、市場関係者(結構怖い面構え)に気を遣ってあまり写真は撮れなかった。築地市場は上空から見るとグニャッと曲がった形状をしているが、これは東京市場駅、つまり列車が乗り入れてた名残なのである。

 

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 この後、青果市場が「入場禁止!」みたいな看板があり怖くなって避けて浜離宮脇辺りから出て、東京市場への引込線跡へ。

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 有名な銀座に残る踏切である。この先にはかなり幅のある道がある。そして、その先には電通の本社ビルがある。幅のある道はこの引込線が廃止となる前からあったが、電通の本社ビルはもちろんなかった。昔は汐留駅があった。

 

 2000文字に近付いて来たので疲れたのでココらへんで切りたいのでまた次回なので。