所感雑感

くだらないひと。

赤ちゃんプレイの話

 赤ちゃんプレイ・・・この世の桃源郷。これは童貞の思う「赤ちゃんプレイ」を記録したものである。

 

 赤ちゃんプレイを称したAVは数多く存在する。しかし、どれも私の琴線に触れるものではない。それは様々な要因がある。

 

1.排泄のシーンがない

 赤ちゃんプレイらしさを出すために大概おむつを穿いてはいるのだが、そのおむつを全くもって使っていない。作中で「マンマ」などの幼児語を用いていることから考えると男性は1歳ほどと推察できるが、その頃の排泄の頻度は小便が1日10回。大便が1日1~3回である。(出典:花王 メリーズ 赤ちゃんのおしっことうんち 月齢別おしっことうんち)排泄の描写がないのはどう考えてもおかしい。赤ちゃんプレイに求めるのは「大人が赤子の真似をする醜態」ではなく、「全てを包み込む母性愛」だ。排泄物の処理は母性愛の1つである。それをせずに何をする。

 

2.基本毛深い

 毛深い赤ちゃんを見たことあるだろうか。いや、いる。たまにいる。しかし半端ないスネ毛の男が「マンマ」とか言いながら足をバタバタさせているわけだ。そんなおぞましい光景を見て「そそるなぁ!」なんていう好き者はそういない。女優のパイパンばかりではなく、男優のスネ毛剃毛も行うべきだと思う。これは赤ちゃんプレイもの以外でもだ。

 

3.セックスしてる

 これが一番納得いかない。セックスする赤ちゃんなんかどこにいるんだ。まだ毛深い赤ちゃんの方がいるよ。親のセックスから2,3年しか経ってない奴がセックスなんかするかよ。しないんだよ。おっぱい吸っても勃起しないんだよ。男優はバカみたいに勃起させるが、女優も「大っきくなっちゃったの?」って、アホじゃないのか。赤ちゃんが大っきくなるかよ。ならないんだよ。セックスしたいんだったら「しょう太くんシリーズ」でも見ていればいいんだよ。小学生なら精通していることもあるから。

 

 そもそも赤ちゃんプレイをAVとすることに意味を感じない。AVは性的なものがなくてはならず、そう考えると赤ちゃんプレイとは相反する位置にあると思う。赤ちゃんプレイの終着点は射精ではなく、無限大なる母性愛に包まれる幸福感である。変に手コキしたり、そういうのはおかしい。手コキが母性愛ならママに「おちんちん大っきくなったからシュッシュしてぇ」と言うのか?いや、それもいいけど。すごくいいシチュだけど。おかしいよこんなの、赤ちゃんプレイじゃない。もし赤ちゃんプレイを作りたいと監督が思うなら、もっと赤ちゃんプレイとは何たるかを学んでいただきたい。

中学生の性の汚さ、集団の気持ち悪さの話

 私は今、怒っている。いや、これが怒りなのかもよく分からない。胸の中にモヤモヤとした憎悪がグツグツと煮えたぎっている。

 「神対応」て...あー、気持ち悪い。

 

 今の学生がどのような性の目覚めをするのか分からないが、小学生高学年ぐらいで「セックス」という行為を知り、中学生の頃はそれのしたさがマックスまで到達する時期だ。ぼくはそうだった。

 中学生の頃は本当にセックスがしたくて堪らなかった。脳内では熟女の英語教師と若い英語教師の2人と3Pしていたし、母の着替えや風呂を覗き、母とセックスしてもいいとまで考えていた。洗濯をした母の下着をズリネタにし、「孕め」と思いながらショーツに向かって射精していた。友達とはチンコの見せ合いをした。ここに書いていいのか悩むほどの自慰もした。本当に見境のない汚い性欲が出てくるのが中学時代だ。

 

 汚い性欲を身に纏った男たちの前に現れたホットパンツ姿で生足を露出した22歳の女性。汚いの性欲はどんどん燃えたぎっていく。しかもその場には多数の同志が。1人なら抑えられたかもしれないが、皆が行くならとその欲望を開放させる。集団心理の為せる技だろう。気持ち悪い。

 はっきり言って大概の男はこういう危険性を孕んでいると思う。男の性欲の枷は法と各々の倫理ぐらいだろう。法と倫理を失った獣に囲まれた稲村亜美さんは本当に怖かっただろうと思う。不気味な笑みを浮かべながら息を荒げて触っていたんだろう。気持ちが悪すぎる。

 

 性欲を抑えるにはどうしたらいいのか。中学時代受けた性教育の講習会みたいなのの中で、女の先生が「オナニーをして性欲を発散させましょう」なんてほざいていた。チンコも持ってないのに何が分かるんだろうか。オナニーをすればするほどセックスへの期待感が高まっていく。性欲が増大していく。中学生なんかオナ猿だからいわゆる「賢者タイム」がほぼない。どこまでも性欲の枷は倫理でしかない。中学生には難しいかもしれない。実際、自分も様々なオナニーをした。「人様の迷惑になってはいけない。」これが真理であり、どんな時でも適用されるべき法だ。性教育なんかして小4にセックスの仕組みを教えている暇があったら、そういう倫理道徳を脳髄に染み込むまで教え続けるべきだ。

 

 何も教育が悪いわけではない。各々が悪い。しかし、その各々を変えられる可能性が教育の中には秘められている。そういうことを言いたかった。もっと言えば、自分は汚い性欲を持っているんだということ、これはみだりに行使されるべきものではないということに気付くといいが、この自己否定の境地に到るには幼すぎる感はある。

 

 苛立ちに任せた乱文で人間一般(男性一般?)について話したいのに一般化されてない気がするが、まあいい。個人のブログだもんね。

皇位継承の話

 今日の読売新聞の「退位へ」という連載にあった皇位継承女性宮家の個人的な意見をまとめようと思う。

 

 現在、皇位継承者は4人。継承順に紹介すると今上天皇の長男である徳仁親王次男文仁親王文仁親王の長男である悠仁親王昭和天皇次男の正仁親王だ。どうでもいいが、正仁親王とその妃、華子は私の唯一会ったことのある皇室だ。

 正仁親王は81歳とかなりの高齢なので皇位を継承するとは考え辛い。そうなると実質的な皇位継承者は3人となり、2019年の5月1日には2人になる。かなり心許ない感じはする。

 

 この心許なさを解決する手段として考えられているのが「女性宮家」だ。最近、眞子内親王と小室圭の納采の儀の日取りについての話題があったが、女性宮家というのは結婚する女性皇族を皇籍離脱させずに新しい宮家を創設して跡継ぎを増やすものだ。一般の女性との間の子を皇族とすることはあれど、一般の男性との間の子を皇族とすることは前例がないと思う。これを男尊女卑と取るのか伝統と取るのかは各々だ。

 

 私は伝統と取るし、誰1人として好き好んで皇族になりたい人間なんかいないと思う。女性宮家以外の手段として言われている旧宮家の復帰も同様だ。誰も皇族なんかになりたくない。ある人からは変に神格化され、そういった正しさを自分だけでなく配偶者にも求められる。批判される人間からは税金の無駄遣いと言われたり戦争責任を問われる。政治家のように何を変えることが出来るかと言えば何も出来ない。しかし、「日本国の象徴」として扱われるし振る舞わなければならない。ある種の虚構性とも見て取れる。

 

 少し本筋から離れる。

 

 現在の天皇観というのは明治以降150年程度の歴史の浅い天皇観で、しかも敗戦後の日本には合わないものとなってきているように思う。これを打開しようと今上天皇も苦労なされたのだと思う。江戸時代からの国学の興隆を受け、明治に入り天皇は歴史の流れから外れ、これもまた歴史の流れと解することも出来ようが、昔の延喜式だとかそういった様式の祭祀を復古した。天照大神神武天皇から始まる萬世一系の天皇観には非常にマッチしたのだろう。法というベールに隠されていた虚構性が、敗戦後に法が消え露骨に見え始めた。時代とぶつかりながら洗練されるべきと私は考える。

 

 では、私は皇位継承者の少ない現状をどう考えるか。悠仁親王に皇子がなければそこで天皇制の終了でいいと考える。今の天皇制の存在意義を考えて欲しい。私は歴史資料だと思う。そんな訳はないが、ただの家族なら、また神道の祭祀の長ならばなぜ国税で生活費諸々を賄わなければならないのか。雄略天皇以後、倭の五王を含めればもう少し前から続くその家系、古墳時代からずっと日本のトップ、それに準ずるものに就いてきた歴史、その厚みを受けての現在の天皇、皇族と捉える。

 しかし、歴史資料も失われてしまう瞬間がある。天皇制におけるその瞬間が今である。側室を設けることが出来ず子孫を残すことが難しくなった今、消えてなくならない方が不思議だと思う。誰も皇族になりたくないだろうし、何より1500年以上続いた歴史を崩してまで続けるべきなのかが謎だ。

 神社の存続だが、何も神社が天皇の存在に裏付けられているわけではない。アニミズム的な宗教に戻れと言っているわけではないが、1つの精神的支柱が失われたに過ぎないと思う。天皇も大事かもしれないが祭神は古事記日本書紀風土記等々に書かれている神々だ。神道も時代に合わせて変わってきたわけだから無に帰すことはないだろう。

 

 皇位継承者がいなくなる体で話を進めたが一番好ましいのは悠仁親王に皇子が産まれることだ。君が代が千代にも八千代にも続くことを願っている。あと、全て敬称略で書かせて頂いた。

コンビニの成人誌の話

 ミニストップのホットスナックは本当に美味しい。ちくわ天、揚げピザ...カロリーモンスター感は否めないがチキン戦争を繰り広げる他のコンビニを嘲笑うかのように美味しいホットスナックを出している。そんなミニストップの話題。

www.asahi.com

 最近では成人誌の取り扱いをしていないコンビニや成人誌のコーナーが極端に狭いコンビニもあるが、ミニストップは会社レベルで取り扱いをやめようとしているわけだ。

 エロいものが好きな童貞からの意見を言わせて貰えば、これは大とは言わないが賛成だ。大賛成ではないのは、これが成人誌の存在自体を揺るがす可能性も持ち得ると思うからだ。そんな可能性もあると分かりながら何故賛成なのか。それはただ1つ、子供のためだ。

 

 インターネットの登場により性に関する様々な物を見聞き出来るようになった。それは自分の性癖で悩んできた者にとっては性の解放であり、もちろん性犯罪に繋がるようなものはダメだが、性とインターネットの関係の中でプラスの面だと言える。

 しかし、オープンな性は性経験の若年化を進めてしまった。小学生で初体験なんていう話を聞くぐらいだ。これは過激な保健教育も加担しているとは思うが、その話題は置いておく。高校生ぐらいになればコンドームも合うようになってくるだろうが、小学生サイズのコンドームというのは聞いたことがない。では、小学生用のコンドームを作ればいいのか?そういう問題ではない。

 

 性というのはなるべく変なところに置いておくほうがいい。何故なら性には、特に他人の絡む性には責任が伴うからだ。草むらの中を掻き分けながら、高額な料金を請求されながら、障壁にぶち当たりながら性というものを垣間見る。それが世の常だ。そんなものをコンビニでチラチラと見られる。責任を無責任に野放しにしてはいけない。

 

 個室ビデオ店で何度か見たことはあったが、今日初めて自分のスマホでVRデビューをした。私は左右で視力が違うため、なかなかピントが合わず没入感を味わうことは出来なかった。性にはいつも障壁があるものだ...

現像した話

 撮った写真を現像した。ホコリまみれのスキャナを使ったので汚いがしゃあない。

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 ハードオフのかごに入っていたジャンク540円のレンズ。結構よいのでは。レンズを見るとかなり汚いのだがそこまで影響していない感じだ。

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 その後、カメラのキタムラで28/2.8のレンズを購入した。その2枚。

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 スキャナ拭こ...

 

 実は、巻取り時に誤って裏蓋を開けてしまっている。これが本当の写りかどうかは分からない。次は失敗しないようにします...

ジャンクカメラの話

 ハードオフに行っては「これいいな、あれいいな」と思いながら商品を見て回るのだが、今日、ついに商品を買った。

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ミノルタ X-7

 あと、ロッコールの50mm f1.7のレンズ、両方ジャンクだが合計で1080円。ボタン電池とフィルムの合計の方が高いのではというレベルだった。

 ボタン電池を入れてみると露出不足を警告する「ピーピー」という音が鳴ったので中は壊れていないようだ。

 ただ問題があり...

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 このようにプリズムが腐食している。調べれば分かるがX-7では結構あることのようだ。精神衛生上あまりよろしくない見た目をしているがレストアなんて出来るほど器用でもないし、視野全体が覆われているわけでもないのでこれで行きたいと思う。あとはレンズがどれだけ汚くなっているかかなぁ。あと、めちゃくちゃハードオフの独特な臭いがするのでファインダーを覗き込むのがとても辛い。

 

 という感じでフィルムカメラを買った。次の土曜日に持って出かけるつもりではあるので現像したら載せていきたい。

一宮めぐり 2社目

 武蔵国の一宮といえば氷川神社なのだが、その氷川神社は昔、「氷川三社」という3つの神社をあわせて「氷川神社」と呼ばれていたという。その氷川三社を徒歩で参った。ただ、その内の1つの中山神社(中氷川神社)は全国一の宮会に入っておらず、御朱印にも「一宮」の字はなかったのでやる気があれば書くこととする。

 

 まず1社目は氷川女體神社。氷川信仰というのは須佐之男命に対する信仰なのだが、氷川女體神社が祀っているのは須佐之男命の嫁、櫛名田比売である。「女體」とあるから非常に分かりやすい。

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 徒歩で疲れていたのか写真がこれぐらいしかない。神額には「武蔵国一宮」とある。桜の季節ということもあってか参拝者もそれなりにいた。賽銭箱にある神紋は氷川神社と同じものである。「八雲立つ...」から来る八雲の紋だろう。

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 氷川女體神社から400mほど歩いた所にあったのがこの鳥居。一の鳥居なのかなんなのかよく分からないが鳥居がある。江戸時代に建てられたものらしく古くから信仰の対象になっていたことが分かる。

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 頂いた御朱印神職の方が常駐されている神社ではないようで、既に書かれている御朱印に日付を社務所にいたおばあさんが書き足すという形であった。

 

 思いつきでブログに書き起こしているので写真が少ない...次からもっと撮っておこう...